えらーさん。が何か言っているようです

140文字からはみ出した話

はたして東京オリンピックのボランティア募集は本当に“奴隷集め”なのか?

このニュース。

www3.nhk.or.jp

 

記事引用

組織委員会は、ことし3月、8万人を募集する大会ボランティアについて、1日の活動時間が8時間程度で交通手段や宿泊場所は各自が手配し、費用も自己負担とするなどの募集要項の案を公表しましたが、ネット上では「こんな条件ならやりたくない」といった批判の声などが上がっていました。

>こうしたことを受けて、ボランティアの在り方などを有識者が検討する初会合が都内で開かれ、会議では「募集にあたってはボランティアのやりがいをわかりやすくPRしていくことが必要だ」といった意見が出されたということです。

 

かなりの自己負担を求められるボランティア。こんな条件ならやりたくないのは当然のように思える。SNSではやりがい搾取だと散々言われた。

そしてその解決策に「ボランティアのやりがいをわかりやすくPRしていくことが必要だ」と言っている。

もう完全にすれ違っている。色々。

SNSでやりがい搾取だという言葉を見た人が、この解決策の内容を見たら馬鹿にしてんのかと思うだろう。

 

でも、少し考えてみる。

 

このボランティア募集、本当に“奴隷集め”なのだろうか。

この募集している人が想定しているボランティアというのは、1日の活動時間が8時間程度で交通手段や宿泊場所は各自が手配し、費用も自己負担が余裕で出来る人なのではないか。

そういう余裕のある人の「オリンピックでボランティアか…こういう経験もいいな、やってみたい!」と言ってくるのを待っているだけなのではないか。

毎日の生活がカツカツで、休みもない限界の人を募集はしていなさそうだ。

つまり、オリンピックは金と時間が余っている人の募集をしているだけだ。

そう考えると、「私ならこんな事しない!」と怒るのは的外れな気がしてくる。何故なら私はオリンピックが想定しているボランティアを行う人では無いからだ。

 

 

「こんな高いもの誰が買うんだ」と思う物は、自分がその商品のターゲットでは無い。それと同じように、今回の募集も「こんな条件で誰がやるんだ」と思うなら、自分はボランティア募集のターゲットでは無いというだけだ。

ただ私は、今の日本であの条件のボランティアをできるような状況にある人が一体何人居るのか、本気で言っているのか、とは思っている。オリンピックのボランティア募集要項を肯定している訳ではない。オリンピック側の想定がおかしいとは思っている。だが、今募集しているあの条件自体をなんとなくで叩くのは少し違うのでは、と思った。思っただけだけど。

 

 

オリンピック自体は楽しみだ。でも、開催までにある色々な問題が本当に解決できるのか。少し心配だ。

善意の受け取り拒否権

善意、相手を思って行うこと。施し。

したことはあるだろうか。

 

例えば電車に乗っていた時、子連れの人に席を譲ろうと立ち「どうぞ」と言ったとして、

その人が「いいえ、結構です」と断ったとする。

 

この時どう思うか。

「せっかく譲ってやろうと思ったのに、親切を踏みにじった嫌なやつだな!」と思ったり「せっかく譲ろうと思ったのに断られました…ショック…」とツイッターに投稿したり、「なんだ譲ってやろうと思ったのに!」と言う人が居るかも知れない。

自分の善意を受け取ってもらえなかった時、まるで自分の善意を全否定されたと思う人が少なくない。拒否どころか、攻撃されたと思っているかのように言っている人すらいる。

 

だが待って欲しい。

 

善意を行う人には行う自由があるように、受け取る人にはそれを受け取るかどうか決める権利がある。

つまり、「善意の受け取りを拒否する権利」がある。

この権利を知らない人が多いように感じる。

 

 

 

以前ツイッターで、的外れの善意は迷惑だというツイートをしたら

「人が心を込めて善意で言った言葉が迷惑だというんですか!」

というリプが来た。そういうとこだぞ、の見本だった。そういうとこだぞ。

 

どんな素晴らしい言葉だと思って言ったとしても、受け取る本人は絶対受け取らなければいけないなんてことは無い。

受け取り拒否する権利がある。

 

東日本大震災の時、ツイッターで絵師たちが被災者へ絵を描いて応援しよう!となったが、被災者のひとが「TLが絵で溢れて目的の情報にたどり着けない事があるのでやめてほしい」と言ったら「せっかく描いてやろうとしたのに。何様だ、被災者だからって偉いとおもうな」と言い出した人がいて驚いたが、まさしく今回の話の事だ。(※もちろんほとんどの絵師さんはそんな事言わなかったが、当時リアルタイムで見ていて驚愕した事を強く覚えている)

善意の受け取りを拒否したら、善意を否定されたと思い逆ギレしたのだ。

たとえどれだけ心が込められていようと、善意しかなかろうと、受け取る本人にとってそれが迷惑なものなら、嫌がらせだ。

 

 

善意は時としてナイフとなり突き刺さる。だが善意をするなという意味ではない。相手が受け取らなかった時に「何で受け取らないんですか!酷いです!」というクソリプをするなという話だ。

 

「善意から行われる全ての行為は受け取らなければならない。お前が嫌でもな!」という精神は今すぐ鼻をかんで丸めてゴミ箱に捨てて欲しい。

「善意はあくまで自分から相手へ勝手におくるものであり、相手は拒否する権利がある。拒否されてもそれはその人にとって必要でなかっただけの話で逆ギレはしてはいけない」という考え方が浸透して欲しい。

 

というかしてくれ。

 

マジで。

じゃがいもが安い その4

じゃがいもが2キロ100円だったので、4キロ買ってきました(三回目)

だってあのお店、何度行ってもじゃがいもが2キロ100円だから…だって2キロだよ。2キロ100円だよ。すごく安くて…

 

f:id:rororonron:20180519222712j:plain

 

f:id:rororonron:20180519222713j:plain

ということで、今回はいももちを作りました。作って冷凍しておけるので、便利だよ。

 

 

材料

じゃがいも10個

片栗粉大さじ10

 

f:id:rororonron:20180519221022j:plain

①じゃがいもの皮を剥いて1.5~2cmくらいの薄切りにして、鍋に入れ、じゃがいもに水がかぶるくらいたっぷりめにお水を入れて強火にかける。

 

②沸騰したら弱火にして、10分~15分くらい煮て柔らかくなったら湯を捨てる

 

③鍋を中火にかけ、混ぜつつ水分を飛ばす

 

④水分が飛んだら火を止め、マッシャーで潰す

 

⑤片栗粉を入れてよく混ぜる

 

⑥成形して、冷凍分はラップで適当にまとめる

 

⑦フライパンに油を敷いて両面がこんがりするように焼く

 

⑧タレに絡めて出来上がり

いももちがかなり柔らかくてかりふわとろなので、焼いている途中にひっくり返す時や、タレに絡める時に崩れないように注意。ただ本当にかりふわとろ。めっちゃ美味しいです。

タレは

砂糖2:水2:みりん1:醤油1

の割合で混ぜたものを煮立たせ、片栗粉でとろみを付けると美味しく出来ます。

今回は

砂糖100:水100:みりん50:醤油50

片栗粉大さじ2程度を水大さじ2程度で溶かしてとろみを付けました

 

おいしいから試してみてね✌😆

 

 過去のじゃがいも記事

rororonron.hatenablog.com

 

 

rororonron.hatenablog.com

 

 

rororonron.hatenablog.com

 

 

 

 

  

 

 

おべんとう

娘と息子の遠足に作った弁当

f:id:rororonron:20180518224833j:plain

f:id:rororonron:20180518224835j:plain

f:id:rororonron:20180518224837j:plain

 

ハートの卵焼きは、卵の黄身と白身に分け、白身に桜でんぶで色付けして最初に巻き、その周りに黄身を巻いたもの。その他、しいたけとにんじんの炒め物の上にソーセージと星型の茹でたにんじん、一口ハンバーグとナポリタン。せんぶ娘の希望を詰め込んだおべんとう。

見事完食して帰ってきました💮

 

 

 

 

 

幸福で無意識の殺人者

毎回言うが、私は特に問題提起をしている訳でも何かを批判している訳でも誰かの(あなたの)意見を変えようとしている訳でも無い。ただ思ったことを日記として書いているだけなので、「へー、これがこの人の考え方なんだな」と心の中で(重要)思えない人は読まないで下さい(※クソリプすんなって事)

私のブログなんで、私の好きに書く。

 

 

 

 

幸福な人はとても優しい。

自分へ与えられた優しさを自分が持っているコップに満たし、その溢れ出た部分がやっと他へ向ける優しさになる。

だから、自分が満たされていない人は他人へ優しくする事は難しい。

 

幸福な人は自分のコップがいっぱいで、溢れ出た優しさを他人へ分けようとしてくれる。大変素晴らしい行為だと思う。

 しかし、その幸福な人が「多様性」について学ばなかった場合、簡単に殺人者になる。

 

善意という刃物で無意識に刺してくる殺人者だ。

 

 

例えば、家族について。

幸福な人は家族に恵まれているとする。父親と母親が円満で、兄弟とも仲がよく、祖父母は会うたびに笑顔で迎えてくれて、親戚付き合いも良好。愛情をたくさん受けて育った幸福な人は、それが世界の常識だと思う。当たり前だ、自分が経験した事しか知ることは出来ない。実感出来ない。

ここで、「多様性」について学ばなかった場合、この家族感が自分の「常識」として大人になる。

そして、大人になって親と反りが合わない、家族とは会いたくない、親戚とは絶縁している、という人と出会った時。幸福な人は善意いっぱいで

 

「家族は愛し合っていなければ幸せじゃないでしょ?仲直りできないの?家族なんだもの、血が繋がっているのだもの、分かり合えるに決まっている」

 

と言うのだ。幸福な人にとって家族や親戚と仲が悪いなんて事があるはずかない。だって自分の家族は仲が良いし分かり合えている。あなただって出来るわ、仲良くすべきよと善意の刃物で切りつけながら言う。

恐ろしい話だが、こういう人は本当に実在する。

親が虐待していて逃げたとしても、「大丈夫、分かりあえるよ。あなたを産んだ人なんだから、あなたの事を愛さないわけない」なんて言うのだ。

この世には色々な人がいて、色々な家族の形があるという単純な話を学ばなかっただけで、幸福で無意識の殺人者は簡単に存在してしまう。

 

 

先日の「サークル名を忘れてしまう事があるので、ペンネームも書いて欲しい」と言っていた件で、「どうして好きな作家さんのサークル名を覚えられないの?」「サークルの名前を覚えないのは失礼」と言っていた人がいたがそれも

 

「この人は、自分は名前を覚えられる人だし、周りに名前を覚えられないという障害を持った人がいないんだな」

 

と思った。本人は自覚していないのだろうが、その部分に関しては障害の無い幸せな人に見えた。だから言えるのだ。「どうして覚えないの?」「それは失礼よ」と。人の名前が覚えられる人には、この世に居る、名前を覚えたくても覚えられず、何年も一緒に働いている人に話しかける時でも名前と特徴の書いてあるメモを毎回確認し、試行錯誤しながら生きている人の事を想像する事は出来ない。そうやって試行錯誤しながら生きていても咄嗟の時に名前が出なかったり間違えたりして「失礼なやつだな」と言われて傷つき泣いたことがある人の事など想像出来ない。

 

そんな事当たり前だ。人は、自分が中心になり自分がこの世の常識だと思う為に、この世に存在しうる可能性を全て予測する事など不可能だ。

 

 

幸福で善意を他人へ分け与える人を罵ったり、悪く言うつもりは全くない。それは素晴らしいことだ。何から何まで気遣え!と言っている訳でもない。そんな極端な話はしていない。いいか、そんな極端な話をしているのではない。大切だから二回言っておいた。もう一回最後に言う。極端な話をしているのでは、ない。

 

 

この世には色々な人がいる。幸福な人が知らない世界もある。

誰かを愛する事が出来る人が存在するなら、誰も愛さないという人も存在する。

家族と分かり合える人が存在するなら、家族と分かり合えない人も存在する。

人の名前を簡単に覚えられる人が存在するなら、人の名前を一生覚えられない人も存在する。

優劣でもなく、これはその人の生きる形だ。自分が思っている生きる形と違っても、間違いでも劣っているのでも無い。そういう生き方をしているというだけ。

 

だから、安易に「そんなはずない、私がそうだったのだからあなたもできるはずでしょ?」「こんなこともできないなんて失礼だ」などと決め付けるものではない。

その人の生き方に決めるのはその人で、評価するのはあなたではない。

 

「多様性」を学ぶことで、自分の常識が絶対では無いと知り、幸福で無意識な殺人者が減るのではないかと思う。

 

 

 

 (先日の「サークル名を忘れてしまう事があるので、ペンネームも書いて欲しい」と言っていた件というのはこちら↓↓)

rororonron.hatenablog.com

 

心を癒す香

お香、使ったことがあるだろうか。

私は毎晩PCの前に座り文章を考える時に必ず焚く。

大層なものじゃない。短めの線香タイプのものに火をつけ、お香立てに立てるだけ。

とても心が静まり、リラックスできる。

 

私の好みの香りは白檀ベースのもの。恐らく「線香臭い」なんて言われるような香りも好きだ。昔から渋めの香りを好んでいる。

でも、たまにムスクやジャスミンなんかのお香も焚く。そういう気分転換って大事。

 

毎晩焚く手放せないお香の白川と二条。このシリーズは安くて手軽でオススメ。

 

 

 

 

チョコミン党アイス部

皆さん、チョコミントを好きだろうか。

独特のすっとするミントにチョコレートが混ざる。チョコレートがすっとするあのチョコミントだ。

私はそんなチョコミントが大好きだ。否、正確には

 

チョコミントアイスが大好きだ。

 

 

よく「歯磨き粉みたい」というが、「歯磨き粉美味いだろ」という強者もいるけれど、私は歯磨き粉はいつもシトラスミントなので歯磨き粉の味じゃない。あとチョコミント味の歯磨き粉があったら欲しい。美味しいやつ。

欠点は、夏にならないと出ない商品がある事。だれがチョコミントを夏のものに決めたのか。チョコミントは一年中食べたいものなのに。

でも、夏はチョコミントの宝庫、チョコミントの旬、チョコミントシーズンだ。チョコミントのクッキーやチョコレート、ドリンクなんかもたくさん販売する。

 

だが少し待って欲しい。

 

私は確かにチョコミントが好きだが、チョコミント“アイス”が好きだ。チョコミントのクッキーやチョコレートは私の中では邪道、ドリンクなんかもっての他だ(独断と偏見による評価)

私は、口の中で溶けるすっとする優しいミントアイスの中に、ぽりぽりと歯ざわりの良いチョコが入っているチョコミントアイスが大好きだ。だから私にとってチョコミントドリンクは、全部混ざってしまった悲しみ味だ。クッキーは全部ざくざく悲しみ味だし、チョコレートは全部ぽりぽり悲しみ味だ。

 

口の中でとろけるミントアイスとぽりぽり歯ざわりチョコレート。この組み合わせこそ至高。

 

だから私は、チョコミン党アイス部に所属している訳です。

皆さんもミントチョコ食べよう、美味しいから。

(ちなみに一番オススメはスーパーカップのチョコミント。次がチョコバリのチョコミントです)